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六年前、ディナーの席で、ある人が言った。
「スペインなら支倉常長。調べてみたら?」
 
四年前、一枚の名刺の裏に書いてあった言葉・・・。
「スペインは支倉の家にもご縁があるところ、心の奥が懐かしいです。」
 
三年前、聴衆の笑顔で溢れるピアノリサイタル。
巨大スクリーンやアクロバットダンサーとのコラボレーション。
ドライアイスの煙でピアニストの姿も消えてしまう・・・
全てオリジナル作品。美しい旋律に才能が光る曲。
ピアニストの名前は、川上ミネさん。
 
一年前、「サムライ支倉の大いなる旅」終演後の舞台上。
常長さんとミネさんが私の中でしっかりと繋がった瞬間。
 
そして、今年7月。
「サムライ支倉の大いなる夢」初演。

 

 
第一幕「帰郷」


制作:Castilla y León Televisión
共同制作:SpainTrendy, UN SOLO PLANO

ギターソロ、静かな旋律の中に時折激しい感情が走る。静寂の中から日本的な旋律、そしてギターとピアノの二重奏。ピアノの旋律は、繊細に表情と色合いを変えていく。
 
これは何を意味しているのか?静かに流れながら月の光に揺れる川?それとも月の光に揺れる海?支倉常長の無意識の世界?私の心もす~っとその中に溶け込んで行く。
 
ピアノ独奏、ある時は古き良き日本が思い出されるような旋律、ある時は常長の失意や怒りを表すような激しい表現。だが怒りは感じてももはや不安や恐れは感じない。高次元の世界から俯瞰しているよう。
 
後半は現代音楽的な音の組み合わせ、野心的な表現の連続、しかし現代音楽もまた美しくあるべしという作曲家の思いを感じる。常長の満たされない思いを残して終了。

 

 
第二幕「死と帰天」


制作:Castilla y León Televisión
共同制作:SpainTrendy, UN SOLO PLANO

セビリアのコリア・デル・リオ、サンタマリア合唱団がグレゴリア聖歌を思い起こさせるような旋律で厳粛に常長の死を唱える。
 
ソプラノ歌手、盛かおるが母親となり幼少時の常長「ろく」に優しく呼びかけ美しい子守唄を歌う。日本人学校の子供たちの歌声とピアノ、男性合唱団、母親の優しい高音の跳躍。この曲の白眉とも言える天上の音楽。
 
その後のピアノの旋律でその感動は頂点となる。死せる常長の魂は、その断片を繋ぎ合わせながら一つの大きな魂となって天に召されて行く。刀が静かに天に昇って行き、漆黒に吸収されていく。武士としての常長の魂が四百年の時を経てようやく安らぎ、平安をとり戻したかのよう。安堵感、静かで深い感動。

 

 
第三幕「サムライの大いなる夢」


制作:Castilla y León Televisión
共同制作:SpainTrendy, UN SOLO PLANO

「大いなる旅」の美しい旋律が花咲き、そこに今の常長の気持ちを表現しているような新たな旋律も加わる。湧きあがる思いを縦横無尽にキャンパスに描いていくような叙事詩、抒情詩、スペースオデッセイ。起伏に富んだ自由奔放で伸びやかな表現、それは常長を讃えるものであると同時に四百年後に生きる私たちへのメッセージでもある。
 
出演者全員が入っての桜吹雪、感動のフィナーレ。鳴り止まない拍手。傑作!以外の言葉が見つからない。
 
「もういいかい?」
「ま~だだよ!」
 
「もういいかい?」
「もういいよ!」
 
「咲~いた、咲~いた、桜の花が咲いた~」
 
子供たちの元気な声に、常長が求めて止まなかった世界の誕生を予感する。
争いから調和。敵対するのではなく理解し共感すること。
 
無駄なものは何もない。全部で一つ。
 
その音は、宗教や文化や歴史を超えて、わたしたちの魂に直接語りかけ、静かに作用していく。

 

 

 

川上ミネさんが弾くピアノは、不思議な音色。
彼女の指が鍵盤に触れた瞬間、異なる次元の音の束が、一つの命となって生まれ出ずるかのようだ。
 
死の世界、それは実は“いのち”に満ち溢れた豊かな世界ではないか? それに近い感覚。
 
生と死の境界線、甦りの世界・・・。

 

花一輪、葉っぱ一枚、小さな虫、一つ一つの小さな命に心を寄せ、
薫りとともにその思いさえ感じ取ろうとする、日々の積み重ねの中から育まれる音。

 

「全ての色、風景、生命が、音となり旋律となる」・・・川上ミネ

 

支倉常長が辿った道をなぞるように、その足跡一つ一つを確かめながら通った道・・・。
 
そこにかすかに残った四百年前の痕跡、
いや、今の常長さんの心さえも感知して音に翻訳しているのではないか?
 
真の魂の触れ合いの中から生まれた旋律、
それは常長さんの “大いなる旅” そして “大いなる夢” の真実に他ならないのではないだろうか?
 
そしてそのことが真実であるのなら、
常長さんの思いや夢が、熱い血潮となって私たちの心にも流れているのかも知れない。

 

私たちが、子供たちが乗り出していく広大な海、その航海にはツネさんも一緒だ。

 

ミネさんのピアノの音色とともに・・・。

 

 
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寄稿者:
寺内 英之(てらうち ひでゆき)氏
 
野村證券イベリア地域担当 拠点長
マドリッド水曜会経済文化交流委員長
* 2014年時点