エスハポンインタビュー | 在スペイン日本国特命全権大使 中前隆博
中前隆博氏は、2022年12月に在スペイン日本国特命全権大使として当地に赴任されました。ご着任より約7か月が経過した今、大使のスペインとの関り、今後の当地でのお仕事の構想等についてお伺いする機会を頂きましたので、下記にご紹介いたします。
外交官を目指したきっかけ
中前大使は大学ご卒業後、外務省に入省されましたが、外交官になろうと思われたきっかけを教えて頂けますか?
余り格好良いことは言えないのですが、正直にお答えしますね(笑)。大学は法学部に入りましたが、実際に入ってみると法律の勉強があまり楽しいものとは思えませんでした。法学の細かい論点を突き詰めて議論をするというのがどうにも苦手で、大学の成績も率直に言ってそれほど良いとは言えなかったのです。そのうちに、さあ就職を考えなければならないという時期が来ました。今は制度が変わっているのですが、当時の外交官試験というのは意外にも受験するのに学歴を一切問わない試験だったのです。極端な話をすれば、中学校までの義務教育が終わっていれば誰にでも受けられる試験だった。大学の時の成績も関係がなかった。そういう試験は他になかったんですよ(笑)。
就職する為の試験はいろいろとあるわけですが、今ご説明したようなこともあって当時の外務省の試験が私にとって一番とっつきやすかったのは事実です。また、たまたま英語がどちらかというと得意だったこととか、それから法学の中でも国際法の場合は細かな議論というよりは、ざっくりとした議論をするところが割と好きだったことも影響したと思います。また、中学生の頃に親の仕事で一年間アメリカに住んだことがあり、それもあの時の判断に影響を与えたかも知れません。アメリカに住んだのは1973年から74年にかけてだったのですが、当時は太平洋戦争が終わってからまだ30年経っていないような時期でした。日本はまだ高度成長の中で、まだ戦後の記憶も残滓も残っているような国でした。その日本からアメリカに行って見るととても大きな国で、日本とは全然違う世界でした。あぁ、日本はこんな国と戦争したんだと思いましたね。アメリカも「国」、自分の生まれ育った日本も「国」。そういうのを見ているうちに、「国」ってなんだろうということは時々考えるようになりました。「国家」ってなんだろうということを考える機会は、若いまだ青かった時代に割と多かったかも知れません。そういう意識がある程度助けてくれて外交官を意識させたのかもしれません。
若かりし頃のスペインでの思い出
大使が若い頃スペインに滞在された際、どのような土地を訪れられましたか? その頃の思い出や、当時と比較してスペインがどのように変わったと感じられたでしょうか。
37年前にスペインで2年間スペイン語の語学研修をする機会を頂いて、1年目はバジャドリードに、2年目はマドリードに住みました。最初の年、スペインに着いたばかりの夏休みはサンタンデールで過ごしたのですが、その時に安い車を一台買いまして、スペインの国中をドライブ旅行しました。スペインの広い真っ直ぐな道を走っていると、突然目の前に古いお城が現れたりしますが、それがとても好きでしたね。バジャドリードではサンタクルスというコレヒオ・マジョール(注:スペインの学生寮の一種)に住んでいたのですが、そこからよく抜け出しては車に乗って、バジャドリードの周りに沢山あるメセタに上って、その大地の上で二時間くらいぼーっと景色を眺めていたりもしていました(笑)。それから、あちらに古い城があると聞けば行って見たり、こちらにちょっと小綺麗なモナステリオがあると聞けばそこを訪れたり。そういう体験ってなかなか日本ではできないですよね。歴史を肌で感じながら、まさにレコンキスタが北から南に進んで行ったように、カスティージャの中でのいろいろな争いに思いを馳せたり、レコンキスタのプロセスの舞台だったんだろうと思いながら古いものを見るのが好きでした。もちろん大きな街にも時々行きましたけれど、むしろ余り知られていない、旅行ガイドにも載っていないような古い城や教会や村、それから村のボデガ・・・、そういうものを訪ねるのが好きでした。私は退職したらスペインでちょっと他の方にはできないツアーガイドができるんじゃないかと密かに思っているんですよ(笑)。
それらの旅のなかでも一番印象に残っているのは、セマナ・サンタにコレヒオ・マジョールの友人達と、その小さな車に5人で乗り込んでポルトガルへ行ったことですね。カセレスからリスボンに入り、コインブラ、ポルトまで北上して、そこから戻ってサモラを通ってバジャドリードに帰った記憶があります。食事といえば昼も夜もスーパーでパンと缶詰を買って公園で食べるという貧乏旅行でしたが、とても良い思い出です。そのようなことを通じて友達もできました。
友達といえば、サンタクルスの寮の同級生たちはその後もWhatsAppでグループを作って連絡をとっていたようなのですが、私自身はほとんどコンタクトがなかったのです。それが、私が今度スペインに戻って来たというのを誰かが見つけてくれて、彼ら自身も30年以上集まったことがなかったのを「タカヒロが帰って来たから」とアランダ・デ・ドゥエロに当時の友人達30人くらいが集まってくれたのです。その日はお昼過ぎから深夜まで12時間くらい飲んで、大騒ぎをしました。そうやってくれる友達も、35年ぶりに会ったらほとんど顔と名前が一致しないくらい時間が経っているんですが、それでも集まってやろうと言ってくれて、お酒を飲む口実に集まってくれたのかも知れませんが、それでも集まる口実にして貰えるのはありがたいことですよね。
当時旅行したのは1986年から1988年頃ですが、その頃はまだペセタの時代で、スペインの物価も安かったですね。三つ星、四つ星のホテルも4,000円程度で泊まることができた時代ですから、いろいろなところを訪れました。今もできるだけそういうことをしようと思っているんですが、その頃よりは物価が高くなりましたね(笑)。
大きく変わったスペイン
当時に比べて今のスペインをどう見るかというご質問でしたが、色々変わったなと強く感じます。インフラがとても良くなって、昔は田舎の道をのろのろ走るトラックを怖い思いをして追い越しながら走っていたのが、今はアウトピスタでどこへでも行けるようになりましたし、それこそ電車、鉄道もすごく発達したし、旅行がしやすくなりました。また旅行だけではなく街の様子も変わりました。プエルタ・デル・ソルとかプラサ・マジョールの周りを歩いてると本当に街が小綺麗になっていて、昔はこの辺りは歩いちゃいけないと言われていたような地域でも、今は観光客がたくさん行き来していて、夜でも歩けるようになっているのはとても良い変化だと思います。今回赴任してマドリードに着いた最初の週末に、懐かしくなってマドリードの旧市街を歩いたのですが、床の上にエビの殻とか、紙ナプキンなどが散らかっているようなバルやメソンがなくなっていたのは、正直ちょっと寂しかったですが(笑)。
スペインでの外交の仕事
2022年12月にスペインに赴任されてから7か月程が経過致しましたが、その間どのような土地を訪れ、どのような案件や行事に参加されたかなど、スペインに来られてからの大使のお仕事のご様子を教えて下さい。
スペインに赴任して7か月になりましたが、あちこちに出張しました。その中でもバスクとバルセロナは色々な案件があって何度か訪れました。それ以外にも近くではサラマンカ、バジャドリード、地方ではガリシア、ムルシア、マラガ、ラス・パルマス、先日はサンタンデールに行きました。地方に行ったら基本的にはまずそこの州首相、あるいは市長にお会いし、着任のご挨拶をして、日本との関係についてきちんとご説明をするというのが重要な仕事です。それ以外に、その地方の大学などで講演をしたり、現地の新聞のインタビューを受けたりして、いろいろな形で日本について発信しています。
また、経済面でもいろいろな企業間の関係が進んでいるように思います。このパンデミックで人の往来が滞っていたわけですが、ちょうど私が着任した去年の12月前後から人もたくさん来られるようになり、これまで出来なかったことをやって行こうという機運を感じます。そのような動きのお手伝いをしたり、地方で行われていることを皆さんにお伝えするために、色々なソーシャルネットワークを通じて発信をするというようなこともしています。
在スペイン日本国大使館の業務
在スペイン日本国大使館の普段のお仕事について、またスペイン人や当地在住の日本人がどのような形で大使館を利用させて頂けるのかについて教えて頂けないでしょうか。
大使館の普段の重要な仕事は、国と国の間のコミュニケーションをしっかりとることだろうと思います。スペインの政府や経済の主要な方々に、日本の考えていること、日本からスペインに働きかけたいことをきちんと伝える、そして日頃から、政治や経済を含めいろいろなスペインの情報を収集してそれを纏めて東京に報告し、時宜に応じて意見を述べ、東京の正しい判断に役立つようにするということ、これは基本だろうと思います。
ただ最近は外交の間口が広くなってきていて、それこそ観光も外交の一部になっていますし、それから例えば日本語ですとか、和食ですとか、文化のプロモーションというのもどんどん重要になってきています。昔は、外交と言うのは国と国の政府が、あるいは国と国のリーダーが合意をすれば、それが合意として実現するのだということがほぼ当然のように思われていたところもあったかと思うのですが、今は政府と政府が話し合い合意をしても、それを支える国民の方々、世論の支持がないと政府の間の合意も実現できないというようなことがあるので、近年はパブリック・ディプロマシーも重要です。
どういうことかと言うと、例えば最近は、大使館からあらゆる形で直接その国の世論に働きかけるという仕事が増えているように思いますね。いろいろな政策や日本の考え方を直接、または現地のメディアを通じてお伝えするようなこともあれば、先ほど申したような食や文化や観光などを通じて、日本を近い存在だと思ってもらう、そして日本や日本人に対する信頼を培い、日本人の言うことは本当だ、日本人の言うことは信じられる、という状況を作っていくことも重要です。これは人と人との関係やビジネスの関係と同じで、こちらのことを信じてもらえないと物事は動きませんからね。そういうものを国と国、政府間だけではなく、国民のレベルでも増進していく必要があります。これは逆に大使館だけでできることではなくて、国を挙げてやらなきゃいけないことなんですが、その最前線にいるのが大使館なので、そういう活動を色々と計画し、実行していくということは大切な業務です。
また、日本の企業の方がこちらでビジネスをされたい、スペインの企業と何か一緒に出来ないかというようなお話もあるわけですから、そういう案件のお手伝いをする、そして日本企業の方がスペインでビジネスを展開されることをサポートするということも、大使館のとても大切な仕事です。企業の方とコミュニケーションをとって、今何を考えておられるか、どういうことを心配しておられるかを伺い、私たちの方からは今のスペインの経済、社会、また政治の状況をどう考えているかということをお伝えして、参考にしてもらう。
それから、こちらにお住まいの日本人の皆さんとの関係で重要なのは、領事部の窓口のお仕事でしょう。いろいろな証明書の交付のような業務から、不幸にも事故に遭われた方や、事件に巻き込まれたとかいうようなこともたまにあるわけですから、そういう時にお困りの方にはきちんとご支援をするということは、大変大事な仕事です。大使館というとちょっと塀が高くてとっつきにくい外見をとっているようではありますが、是非気軽に領事部や広報文化部の窓口に来て頂いて、一緒に何かできないか、こういうことに困っているんだけどどうしたら良いか、と言うようなご相談を日頃から気軽にして頂けるような体制を作りたいと思っています。
一般のスペイン人の方で日本で勉強がしたいという場合は、日本政府が出す留学制度もありますし、ワーキングホリデーの仕組みもあります。ワーキングホリデーは金銭的な支援ではないですが、日本で働きながら勉強ができるビサを年間500人に交付できる体制ができていますので、気軽に相談をして頂ければと思います。それから、お仕事も含めて日本に行きたいという方のための査証(ビサ)のご相談も受けていますので、ぜひお気軽にご相談頂ければと思います。
スペインと日本の関係
昨今世界の安全保障環境は日に日に厳しくなっていますが、中前大使は両国関係を強化させる余地はまだ多くあると思うと仰っておられます。どのような方法で両国の関係を更に強化させるお考えであるかをお聞かせ下さい。
日本とスペインとの関係というのは長い歴史があり、明治以降日本が外交関係を最初の頃に結んだ国のひとつで、基本的にはずっと友好的な関係だったと言えると思います。一方残念ながら、現在は「仲良しですね」だけでは済まないような世の中になってきています。今はウクライナで戦争が起きていて、ウクライナで起きていることは東アジアの情勢とは不可分だと私たちは言っていますが、これは単に領土がどうなるかということだけではなくて、第二次世界大戦後を含めて長年、国際社会がずっと苦労して作り上げてきた国際社会のあり方を律する基本的な原則が踏み躙られ破られようとしている、それに対して国際社会がどう取り組むのかということだと思います。
これはウクライナというヨーロッパの東の方のひとつの地域の紛争ではなく、世界的に平和裡に国が共存をする社会というものがどのように継続できるのか、ということに関わってくると私達は考えていて、そう言う中で日本とスペインとの関係も変質してきたということはあるのだろうと思うのです。もう、二国間で仲良くしていれば両国の関係は完結するというような時代ではなくなってきている。スペインにはもっと東アジア、あるいはインド太平洋地域の状況について関心を持ってもらい、可能な範囲で関与してもらうということはとても大切だろうと思うし、そのための様々な協力や情報交換を行うことも重要です。
先ほど申し上げた大使館の業務にも関わってきますが、去年から私共の大使館にも海上自衛隊から防衛駐在官が着任して、スペインの国防当局との政策的な意見や情報交換、協議というものが深まりつつあります。スペインもアフリカのギニア湾であるとか、アフリカの東の方ではアデン湾、ジブチ共和国の方でも国際秩序の維持に貢献をしておられるので、そういう意味での協力の余地というのはあると思います。
それから、経済的にもまだまだ発展の余地があると思いますが、日本もスペインも市場としてはかなり成熟していて、日本も人口が減ってきているということを考えると、これ以上お互いの経済、マーケットが量的にどんどん増えていくということを前提に両国の経済の関係を考えるという時代ではなくなっているわけですね。ではどうするのかというと、グローバルに視野を持ちながらどう協力していくかという新しい発想が必要で、そしてそれを可能にするポテンシャルを日本の企業、スペインの企業は持っていると思いますので、そこは政策的に支援させて頂くことでまだまだ発展の余地があるだろうと思います。
さらにはスペインもEU第四の大国として国際的なリーダーシップを発揮しつつあります。まさに2023年7月からEUの議長国として半年間活躍をされ、7月にはEUと中南米との首脳会合が開かれましたが、EUとして中南米との関係を改めて強めていこうというイニシアティブは、議長国になるにあたってのスペインの考えであると聞いており、そういう形でのリーダーシップも取っておられるわけです。たまたま日本もG7の議長国ですから、これから6か月間、スペインのEU議長と日本のG7議長の時期が重なるわけで、そういう意味でウクライナの状況に象徴されるように、世界の安全、あるいは経済というものがとても流動的になりつつある中で、色々なフォーラムの間での擦り合わせ、アジェンダの共有、ということは益々重要になってくると思います。そういう意味でスペインの多国間、マルチラテラルな社会でのリーダーシップにも期待しながら、そこに日本が協力をしていくことにも大きな可能性があるのではないかと思っています。
日本とスペインの企業同士の協力関係の強化
大使は再生エネルギーやインフラといった将来性のある分野において、日本とスペインの企業が協働し関係を強化していくことも期待されておられますが、このような企業間の関係強化について、具体的にどのような支援をお考えかお聞かせ下さい。
これも30数年ぶりにスペインに戻ってきて大変驚いたことのひとつなんですけれども、日本とスペインの企業の協力の在り方、経済関係の在り方が本質的に変わってきていると感じています。以前は日本の国際的な経済関係というのは、日本と、例えばスペインとの間でバイラテラルに、二国間で貿易をいかに増やすか、いかに促進するかということと、投資という意味では日本の企業がスペインに工場を建設するなどの投資をして、そこで日本の企業として物を作ってスペインの市場に売る、あるいは他国への輸出も図るという、垂直的な投資、企業連携関係だったと思います。
ところがスペインへ来てみると、特に再生エネルギーなどの新しい分野やインフラ等の分野で、スペインの企業が実は国際的に非常に競争力があり、技術的にも、私はよく「尖っている」と言うんですが、抜きん出ているものがスペインの企業にはある。そしてそこに日本の企業の皆さんが注目をして、むしろ日本の企業に必ずしも十分ではないものをスペインの企業に見つけて、そこと連携を組む動きが出て来ています。これは「水平の連携」に近いものだと思うんですが、それによって、資本関係も含めて、共に国際的な競争力を増していこう、グローバルなマーケットに打って出ようというような発想が生まれており、そうやって連携を組むことで逆にスペインの企業が日本で生産をして、日本で製品を供給するというような、昔とは逆の形の企業の連携も見られるようになっています。これはとても大きな可能性、ポテンシャリティを感じるもので、さらに言えば日本から対スペインという観点で見た場合、スペインとそういうことが出来るの?と今までは思われていて、そのような可能性については実はあまりよく知られていなかったんじゃないかと感じます。
バスク政府が、今年を「Euskadi y Japón (日本・バスク交流年)」と銘打っていろいろなプロジェクトを進めておられる中で、7月にグリーン水素について企業のミッションをバスク政府が招聘をして、バスクにあるスペインの企業とマッチングをさせ、そこにビジネスチャンスを見つけようとするプロジェクトがありました。同じようなことが5月に再生エネルギーの分野で行われて、日本の企業の方が10数社いらっしゃいました。私が伺ったところだと総じて皆さん非常に前向きにとられていて、この国にこんな企業があるのか、こんな技術があるのか、というような驚きを持って帰られたという風に聞いています。そこから先はビジネスなので無理矢理くっつけるわけにもいかないわけですが、これはお互いにとって戦略的にポジティブだと思われればどんどんやっていただければと思います。
この方向でまだまだ開拓の余地が色々あるかと思いますので、ぜひそこを狙っていきたいなと感じます。そういう意味では基本的にはマッチングなんでしょうし、お互いの認知を高めるという、まだそういう段階であるということも確かなんですが、でもそれをやらないと前に進まない。まずそこから始めて、そこから先お互いがビジネスを進めるにあたって具体的な課題とか、障害や制度的、行政的なことを含めてどう解決していくかというようなことも、今後支援していけるのではないかと考えています。
「当社は日本に進出して行けるんじゃないか」と感じているスペイン企業の皆様に、中前大使がお薦めしたいアクションはありますか?
私の方から、この分野のこういうところで貴社にチャンスがありますよと言うのは簡単ではありませんが、本当に意外なところでスペインの企業が日本で活躍しているというケースももうすでにありますので、そういう情報は見て頂くことも大切だと思います。また、まずその前に日本に関して関心を持って頂くということは必要なんじゃないかと感じます。日本はスペインの方からすると、まだ遠くのエキセントリックな部分もある、とっつきにくい国かも知れませんし、観光で行くのはいいけれど、一緒にビジネスをやるにはなかなかややこしそうだというようなイメージもあるかも知れません。でもたくさんの成功例もありますので、それを見て頂きながら、日本に可能性があるのだということを知って頂くというのがとても大切だと思います。
またスペインの企業は当然ながら中南米で大変活躍しておられますので、その中南米での展開で日本の企業との連携というのも、可能性としてはあるかも知れません。そういう発想で、日本にもそれこそ尖った、元気のいい企業がたくさんありますから、そういうところに関心を持ってもらうことは大変重要かと思っています。
駐在期間中の目標と二国間関係の将来像
スペインにご赴任になられることが決まってから、ご滞在中のお仕事についてご自分で設定された目標があるのではないかと想像しております。大使が当地御駐在中に実行したい、達成したいと考えておられる案件があれば教えて下さい。
恥ずかしいことを申し上げるようですが、私はもう20年近くずっと中南米関連の案件をやってきた人間でして、一方スペインに関しては、37年前に研修で来て2年間過ごして以来、まったくご縁がありませんでした。ですから正直なところ、来る前からここで何をしたいというアイデアがあったかと言うよりも、私は何をすべきなんだろうと少し戸惑いながら来たというのが正直なところなんです。でも実際にスペインへ来ていろいろなお話を伺って、本当に変化した、こんなに拓けたスペインを見て、ああ、これはいろんな可能性があるな、と目を開かせて頂いた気がしています。これからそれをどう具体化していくかを考えるのが重要だと思います。
日本スペイン外交関係樹立150周年の年、2018年の安倍元総理のスペイン訪問時に共同声明が出て、両国の関係が「戦略的パートナーシップ」に格上げになりました。日本とスペインは戦略的パートナーです、と唱えるのはいいんですが、では戦略的パートナーとは何なのか、と言うことになると思うんですね。これは言い換えれば、日本がスペインのことを、スペインが日本のことを、自分の国益のためにどれだけ重要であるかをどの程度認識できるかということなんだろうと思うんです。それに向けてこの言葉に実をつけていく、と言うか、それを模索し作っていくのが私達の仕事だと思います。これは一年や二年ではできることではないと思いますが、せっかく両国関係がそのような新しい段階に入ったということになっているので、それを一歩でも二歩でも前に進めたいですね。
そういう中で、スペインは今とても欧州指向が強い、エウロペイズムが強い。勿論悪いことではありませんが、その中でグローバルにインド太平洋、東アジアを彼らの戦略のスキームのなかできちんと位置付けてもらうということを、一歩でも二歩でも前に進めたいなという気持ちがあります。さらには、これは政府の関係者、政府同士のコミュニケーションのなかでもっともっと深めなければならないテーマでもあります。
一方例えばシンクタンクであるとか、学会であるとか、民間の研究者であるとか、メディアであるとか、そういう皆さんの認識も作っていってもらうための働きかけをする、先ほど申し上げたパブリック・ディプロマシーというのがとても大切だと思います。パブリック・ディプロマシーというのは分野としてはまだ新しいですし、こういうものがパブリック・ディプロマシーだという定型化されたものがあるわけではないので、考えながら作っていくという作業が必要です。それはスペインとの関係ではまだまだだと思うので、そこにも力を入れて行きたいです。その上で、個人的にはもっともっとお城や教会を知りに行きたいなぁとも思います(笑)。
スペイン在住の日本人の皆様へ、スペイン人の皆様へ
最後にスペイン在住の日本人に対して、またスペインの人たちに対して、大使からのメッセージを頂けないでしょうか。
私は仕事を始めて40年近くなり、年も60を過ぎて、日本人はとてつもない幸せを共有していると感じています。今の私たちというのは、本当に世の中が動きつつあり、流動化しつつあってとても心配なんですが、でも少なくともこの80年くらい比較的平和な、大きな戦争などを心配することのない豊かな日本に生まれて、この豊かさというのは生まれて育っている時からすでに与えられているもので、その中で私たちは大きくなりここまで来ています。
仕事をしてみれば、そしてスペインのような国に来てみれば、日本ほど好意的に受け止めて頂けている国というのはそんなにない。一言で言えば親日ということなんだろうけれど、親日というだけでは言い切れない、日本に対するシンパシーにはとどまらず、日本や日本文化や日本人に対するリスペクトというのを本当に口にする人たちが多い。これもここ最近というか10年か20年の変化のひとつだろうと思うんですが、そういう中で生かせてもらっている。でもそれは私達自身が作ったものではなくて、先達が散々苦労してここまでこの国を持ってきてくれた。その結果として日本人であること自体が、世界で最も幸せな一部の人たちだという状態になっていると思うんですね。そのなかでもまた更に私たちはスペインという、とても幸せな国に住んでいる。これほど恵まれているグループというのもそんなにないのではないでしょうか。
それで、そこから先なんですよ。あぁ幸せだなぁでいいんだろうか。じゃあ私たちがやらなければいけないことはなんなのか。幸せを与えられたとして、これは権利ではないし、たまたま貰ったPrivilegioと言っても良いかもしれないけれど、そのPrivilegioの原因は私たちではない、ほとんどは先達から頂いたものでしょう。では今度は私たちが後輩に、若い世代にどういう日本を、どういう日本の立ち位置、文化を伝えることができるるのか。皆さんいろいろなお仕事をしておられ、勉強をされている方もおられるし、様々な分野で頑張っておられる。その際に日本人というブランドにすごく助けられて、いろんなことをやれているというのはすごく感じておられると思うんです。そのような中で、何をやるにしてもそれを今度は次の世代への資産としてどう継いでいくかについて、何かあるごとに皆さんの意見を伺えれば良いなと思っています。そういう意味で、こういうインタビューの機会を頂いたことも貴重ですし、日本人の方々とコミュニケーションの機会をできるだけたくさん作って、いろいろな形で皆さんの近況や思うことを伺えればいいなと思いますね。
スペインの方々には、私自身が今回赴任してまだ7か月なので、あまり深いことは言えないと思います。ただやっぱり、日本のことにもっと関心を持ってもらう、東アジアのことにもっと関心を持ってもらいたいと思います。お陰様で日本はスペインではとても好意的に見て頂いています。本当にありがたいことなのですが、ぜひ本当の日本を、本当の日本人を、日本が抱えている問題も含め、しっかり見て頂きたいと思います。その上で、この国とどう付き合うか、おそらく関係を深めて連携を深める事がスペインにとっても大きな国益、あるいは皆さんの幸福という意味でも利益になると信じていますので、どういう形でそれが実現できるのかということを一緒に考える機会が持てたら良いなと思います。
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今回インタビューに応じて頂きましたこと、中前大使には改めて御礼申し上げます。スペインでの重要な役割を担う日本の代表として、大使や大使館の皆様のお仕事について詳しく知ることができる機会を頂きましたことにも感謝致します。読者の皆様にとってこの記事が、中前大使の考え方や視点を伝える手助けになれば幸いです。
インタビュー:エスハポン 福田俊彦
取材協力:在スペイン日本国大使館